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zoom RSS 走らんかい! (ベースボール・マガジン社新書 28) (新書) 福本 豊 (著)

<<   作成日時 : 2010/02/22 00:04   >>

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「盗塁を防ぐための共同作業」という表現を、今なら誰もが使う。でも、僕の考えは、ちょっと違う。盗塁されるのは、ほとんどがピッチャーの責任で、キャッチャーには2割くらいの責任しかない。僕が盗んだのは投手のモーションであって、強肩に越したことはないにしても、捕手の方はさほど関係なかった。

ピッチャーはセットポジションに入った瞬間、すでに投球か牽制かを決めている。強い球を投げる投球の場合、どうしても握りが強くなる。牽制用にゆるく握ったままバッターへ投げないし、強い握りの牽制もできない。
兆治のユニフォームの背中が固まったように見えたら、悠々とスタートが切れた。ホント、正直なピッチャーやったねえ。
走らんかい! (ベースボール・マガジン社新書 28)
ベースボールマガジン社
福本 豊

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福本節!全開!関西方 ...
地道な努力が実を結ぶ ...
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僕の盗塁をアシストしてくれる次のバッターの気持ちを考え、できるだけ早いカウントから走るようにした。マスコミの人にデータを調べてもらうと、106盗塁した1972年は初球から走ったケースが40個、2球目が20回もあったらしい。
ただ、クマさんは自分のボールカウントを悪くしてでも、2ストライクに追い込まれるまでは僕の盗塁を支えてくれた。ちょっとタイミングを遅らせたその空振りで、キャッチャーは一歩前に出られない。いつもの位置から二塁へ送球させられる羽目になる。

どんなピッチャーだって、全身のどこかから信号を出してくれている。その情報をいっぱい集め、試合で試してみるといい。さかんに偽走のスタートを切って、余分な牽制球を投げさせるのも実験のひとつで、なんらかの収穫があるに違いない。
クイックだから走れん、というのではなく、相手ピッチャーより版呼吸だけ早くスタートを切る。コンマ何秒という時計だけの問題ではない。その半呼吸が大事だからこそ、盗塁は実戦の中でしか練習できない。
独りでも黙々とやれるバッティングの練習と、そこが最も大きな違い。ピリピリした緊張感と戦いながら、自分を信じてゲームで走る。相手の投手を目でみ、また走る。失敗してもええやん。失敗すれば別の情報が頭にインプットされるだろうし、成功すれば、自ら集めた情報が確信へと変わっていくはず。
一塁ランナーのほうへ顔を向けている左ピッチャーのほうが、ホンネをいうと走りやすい。きゅっと体をひねって牽制してくる右ピッチャーより、左ピッチャーの牽制のほうが球は遅いし、こちらへ正面を向けているために、、走者にとっては顔だけでなく情報量が多いから。
肩や腰の不思議な動き、どこか違うユニフォームの動き。僕も失敗を繰り返しながら、ノートにデータを書き込んだりして、ほとんどのピッチャーに確信が持てるようになっていった。

盗塁は3Sといって、スタート、スピード、スライディングが基本。

敵が網を張って待ち構えているところへ、こちらから飛び込んでいくわけでしょ、盗塁っていうのは。そりゃ、失敗だってする。最も大切なのは、そのプレッシャーを跳ね返すだけの勇気かなあ。そう、盗塁は目と勇気。
塁に出て、行くか行かないか迷ったら、必ずゴー。「行ってまえ」という思い切り。仮に失敗したら「しゃあないわ」と、すぐに気持ちを切り替えるようにした。「今日はアウトになったけど、相手ピッチャーのほうが、自分よりちょっとだけ運がよかったんや」とね。失敗しても、総思い込むようにした。
気分転換に、よく夜釣りへいった。ナイターが終わってから、独りで西宮や尼崎の海へね。頭のポートアイランドへもよく出かけて、タチウオなんかを釣ったよ。

僕もノムさんみたいにボロボロになるまで現役でいたかった。1988年で引退し、いや、引退させられて、翌年からオリックスのコーチについた。

どんなスポーツでも、ランニングは準備運動になり、整理運動にもなる。人間の体の理にかなっている。僕のことを「天才」という人がおるけど、とんでもない。センスなんて全然あらへんし、運動能力も特別優れとったわけでもない。反応が多少早かった、というくらいの長所はもっとったやろけどね。理にかなったこと、つまりランニングを続け、決して理に逆らわんかっただけの話。
何かをつかもう、手に入れようとしたら、大変な努力がいる。でもね、つかむまではしんどい反面、一度それをつかんだらあとは簡単。努力する奴のほうへ、運は向いてくる。僕にとっては、一旦レギュラーを手にしたら、それ以降は「枠の中へどうやって入り続けるか」だけ考えとったらよかったんです。

僕は天才やなく、自慢できる努力家。

「一死三塁」という状況は、犠牲フライ、スクイズ・・・と、一点とるためにいろんな作戦が立てられる。多少オーバーにいえば、野球とは「いかに一死三塁を作るか」を競うゲームといえるかもしれない。

ベースは踏むんやない、蹴る。スパイクの土踏まずの部分をベースの端にあわせ、つま先でグラウンドをかむように。いつも左の足で。なぜかというと、左足で蹴った瞬間に、銃身は左方向へ移動する。野球は左回りのスポーツやから、次のベースを奪う態勢を作るには、どうしても左で蹴る必要がある。自然の理。
一塁ベースへ駆け込む場合、僕はベースの手前をつま先で踏んだ。確かにこの場合はベースを「踏んだ」けど。それでもやっぱり、使うのは左足に決まっていた。右足で一塁ベースを走り抜けようと思っても、後ろ左足が一塁手とぶつかる危険性が高い。ソフトボールは、一塁ベースが横に2つ並べておいてある。それも、走者と野手の接触を避ける狙い。ベースが一つの野球なら、なおさら注意しなきゃいけない。

二塁ベースに立ったとき、僕は2、3塁を結ぶラインより、意識して外野手よりにリードをとった。つまり、ライン上を行き来するのではなく、広報へ少し斜めにリードした。特に、二死で二塁ランナーの場合はね。
サードベースを蹴って、一気にホームを狙う際、できる限りスピードを落とさないための、それは工夫。同じ距離なら、直線を走るのが一番速い。二塁ベースの外野手よりからスタートしたら、三塁をまわるときの角度が直角より少しでも広くなって、直線に近づくことになる。意識して鈍角を作り、サードをより鋭く廻る狙いがそこにある。
三塁ベースも必ず左足で蹴る。左方向への体重移動がスムーズにできて、それほどスピードは落ちなかった、と思う。サードベースを間違って右足で蹴ったりすると、どうしても三本間で大きく外側へ膨らんでしまう。
そうなると、マイナスはただ遅いというだけではなくなる。例えば、レフト前のヒットで一気に二塁から生還するランナーを考えると、よくわかる。三塁ベースをまわったランナーは、で切る限りダイヤモンドの内側を走らなきゃいけない。
レフトからのバックホームに対処する策で、これはインチキではない。内側をホームへ走られると、その背中が気になって、敵の左翼手はホームへ返球しづらくなる。ボールが走者に当たりでもしたら、一点取られるうえに、自分にエラーが記録される。
こんなこと、プロ球界じゃ常識になっている。「三塁を過ぎれば、内側へ切り込んで走れ」と。でも、それがなかなか簡単にはできない。その理由は、みんな平気な顔をして、右足でベースを蹴るから。

打つこと、守ること。野球の基本はどんな状況でも「足」ですねん、スピードですねん。そんな場合で走ると、メジャーの記録員は「盗塁」とせずに「守備側の無関心」とでも書くか。敵が走っているのに、防ごうともせん無関心は、要するに「無気力相撲」と一緒やないですか。
盗塁の数とか、タイトルのことをいうとるんではない。隙をみつけて塁間を走ること。走塁なんです、大切なのは。僕が残した盗塁記録なんて、どうでもええやん。なかったことにすればいい。そんな大昔の数字を考えんと、前へ前へ走らないかん。何もアメリカの考えがこうやからって、二本の野球までそれに随うことはない。敵が防ごうとしないなら、胸を張ってペースを奪う。これこそ本当のスポーツだと思う。

牽制で逆をつかれた場合、一塁ベースへ戻ってもほとんど死ぬ。戻って殺されるより、一か八か走ったほうが得でしょう。それこそ、何が起きるかわからん。送球が走者の背中に当たることだってあるだろうしね。だから、僕は逆をつかれても、決して一塁へは帰らんようにした。そりゃ、二塁で死ぬことは多かったけれど。

人それぞれの人生。メジャーに夢をぶつけるのもいい。ただ、日本からヒョイと移籍する最近の選手たちに、ひとついいたい。FAで権利をつかうのは結構だけど、夢がメジャーだったのなら、最初からいけばいい。日本のチームで育ててもらって、一流になってサヨナラでは、ちょっと生き方が軽いような気がしないでもない。
まあ、新しい世界へ挑戦するのは間違ってはいない。たとえ松井秀喜や松坂大輔が抜けても、日本には次々とすばらしい選手がでてくる。若い連中がどんどん伸びてくる。かえって存在感の大きなスターが抜けるほうが「そのあとはオレだ!」と活気は出るかもしれない。

野球とは、人間臭いゲーム。ほかのどんな球技とも違って、人間そのものがゴールへ飛び込まない限り、得点にならない。そのゴール、つまりホーム・プレートは五角形の家の形に作られている。
3つのベース(基地)に身を守られながら、ダイヤモンドを一周する。家族動揺のひとつのチームから、何引火が旅にでて、ホーム(家)へ無事に帰れた人数を競う。
僕は20年間、徹底して「黒子」を演じた。それは、1、2番バッターの役目だった。先頭にたって得点できる形を作り、後ろに控える仲間の力で家へ帰してもらった。
「ホームラン王」の王さんに次ぐ、通算1656得点。阪急ブレーブスで、僕が家へ帰れた回数ですわ。それがいつのまにか、帰る場所すらなくなったように感じさせられるとは、なんとも皮肉な話ですね。

当たり前のことを、当たり前にこなしているうちに、誰でも一流の域まで届くと信じている。個性を生かそうとするあまり、「当たり前」を軽視してはいないでしょうか。当たり前のことをやっても人並みにしかならない、と考えてはいないでしょうか。
まず「当たり前」を繰り返せるか、どうか。それが最も大切なのです。僕はこれからも「新しい理」を探してみたいと思います。

上記は全て著書より抜粋したものです。世界の盗塁王福本豊氏の言葉には感心させられます。自身を天才ではなく、努力のつみかさねと言い切る著書の発言も、共感があるし、説得力と納得力のある著書です。




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