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<<   作成日時 : 2010/05/07 00:37   >>

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1927年(昭和2年)8月18日 - 2007年(平成19年)3月22日)間質性肺炎
1958年(昭和33年):『輸出』で第4回文學界新人賞。
1959年(昭和34年):第40回直木賞。
1959年(昭和34年):『落日燃ゆ』で吉川英治文学賞、毎日出版文化賞。
1996年(平成8年):『もう、きみには頼まない 石坂泰三の世界』で第44回菊池寛賞。
嬉しうて、そして・・・ 城山三郎
下記、著書からの抜粋です。

「トライ・ファースト」「シンク・ネクスト」を我が身の流儀に。

イギリスの哲学者J・S・ミルは推されて国会議員選挙にでるとき
「国会議員は国のことだけを考えるべきであり、自分は選挙区のためには何もするつもりはない。それでよければ出る」
国会議員とは本来そうあるべきであり、選挙区などに金をばらまいて出るのは最低である。「金をばあらまかないが、人間を認めてください」まずはそう訴えて出るべきである。

人間だから、まちがいもする。だが、まちがったときには、すなおに謝る。それでこそ、人間としての付き合いができる。

浜口雄幸は大蔵省に入省してまだ2年目のときに、大蔵省が経費全ての経費を実施した。
そのために大臣秘書官に呼びつけられて、すごく怒られる。でも正論だから、彼は言い返して譲らない。そのために衝突して、あとは左遷に次ぐ左遷。本省に戻れず、地方の税務署長ばかりやって、いつ戻れるかわからない。名古屋、松山、熊本と転々とした。そのとき、彼は「ロンドン・タイムズ」だけはとって、勉強を続け、外国の動きを追っていた。
いつ戻れるか。いや、戻れないかもしれないけれど、たえず目線を高くして、志を保ち、国際的な視野を失わないように情報を集めておく。そういう努力は続けた。浜口のそうした姿勢を見ていた同級生たちが、東京に呼んでやらなくてはと運動を始めた。

井上準之助は、日銀の営業局長になり、将来日銀総裁になるだろうといわれたときに、突然ニューヨークに左遷される。個性の強い人だから、上司から嫌われていた。部下が二人しかいないニューヨークに遠隔地の一出張所長として左遷された。
このとき左遷先で彼は、まず自分のポケットマネーでアメリカ人の若い大学助教授に来てもらい、毎朝一時間個人教授を受ける。通訳を通したりせず、そういう人と話をして一番新しい情報を手に入れた。同時にリンカーンの研究をする。ステイツマン(政治家)というのはどういうものかを勉強する。政治屋ではなく、政治家とはどういうものかを研究した。
しかし左遷であることには違いない。監督役というだけのことで、仕事は何もない。ノイローゼのようになってしまった。
そういう状態で心の支えになるのはアメリカの心理学でよくいう人間を支える三本柱。
1はセルフ(自我)。自分自身の世界。趣味でも宗教でもいい、自分だけを支えるもの、自分だけで終わる世界。
2はアチーブメント(成就、業績)。目標の世界。こういう目標に挑戦したいということ。趣味でもいい。目標に挑戦するという気持ちが支えになる。
3はインティマシー(親交)。親しい人の世界。これがやはり人間を支えて、人間をグラグラさせない。家族。
ノイローゼ寸前までいくが、そこで彼が立ち直ったのは、ゴルフのおかげ。

「世語は欣ばず。楽在正論」楽しみは正論にあり。正論ではいろいろなことをいうかもしれないが、そういうことは一切気にしない。自分の楽しみは正しい論にある。
「深思高飛」深い思い、高く飛ぶ。深く思うだけではだめで、高く飛ぶということも大事。危険にもかかわらず、高く飛ばなくてはならない。
「静養万世」静かに万世を養う。

物事には「時」というものがある。あきらめずに、時を待とう。待てない人間は、結局、身を滅ぼす。いや、一人の人間が身を滅ぼそうと、どういうこともない。
大事なのは、計画そのもの。
計画は新潮に練り、そのうえ、根気よく根回しした上で、そのときを待つべし。それは、いってみれば簡単なことだが、現実にやってみると、極めて難しい。
ばからしくなったり、辛抱ができなかったり、他にもっと緊急な用が見えてきて、そちらに気移りしたり。
「眼を据え、腰を据えて動かず」というのは、人間にとって一番難しいことの1つではないだろうか。

晩年、本田宗一郎さんがよくいっていたことがある。
「今年は例年になく・・・」という言い回しがあるが、本田さんは大嫌いだという。「例年なんてものはない。毎年、年は違うんだ。毎年、新しい年に入っていくんだから、毎年、新しい生き方を考えなくちゃいかん。新しい工夫をしなきゃいかん」

「するべきかしないほうがいいかと迷ったときは、必ずしろ」
失敗すれば失敗したで、人は失敗から必ず何かを学ぶ。しなければ悔いだけが残る。
「あんな奴に使われるのか」とついつい考えるのだけれども、そうではなくて、とにかくやってみろ、やってみたらどうなるかわかるんだ、ということ。やっぱりチャレンジすること、引っ込み思案にならないことが大事。

「男の価値は、どんな愛人を持つかで決まる」

ソニーの井深大さんは常々、「社長の仕事は人と人を結びつけるのが任務であり、そのためには社員をよく知らなくてはいけない」と語っていた。
彼は暇さえあれば社員の顔写真をみていた。技術者出身であるにもかかわらず、新しい技術を一人で開発することには限界があると考えていた。一人ひとりの開発力を高めるにはチームで開発する必要があり、そのために誰と誰を組み合わせれば個々人の力を最大限に発揮できるかを真剣に考えていた。井深さんはそのために一人ひとりの社員がどういう人間だったかを創業期からよくみていた。
今の経営者は一体、どこまで社員一人ひとりのことを知っているのか。
学歴や経歴だけで人事を決めるのではなく、穴が開くほどに社員の顔写真を見て、どんな人間だったかw3尾絶えず思い返す。

今は皆が考えないことを考える時代であり、隣の会社がやっていないことを考え出す力が求められている。それには新しいものを作り出そうとする若い人たちの情熱と、それを自由にさせるリーダーが必要だ。ソニーやホンダにはその両方があった。どちらが先に必要かといえば、やはりリーダーではないか。
ホンダの2代目社長である河島喜好さんは「不常識、非真面目」という言葉を口にしていた。上司に言われたとおりのことを、会社の伝統にそって黙々とやっているのではなく、その伝統を変えるものを身につけなさい。そのためには会社の常識に背くものでも構わない。常識だけではこれからの世界を生き抜いていくことができない。
河島さんはまた「こつこつ真面目にやってきたが、どうしてこんな結果になってしまうのか」という言葉を嫌った。不真面目でなく非真面目になることが大切だ。
優れた経営者がいっていることには共通項がある。花王の中興の祖といわれた丸田芳郎さんは、入社式のとき、新入社員に社長訓示を行わないかわりに、1時間でも2時間でも、一先輩社員として後輩に語りかけるようにじっくり話をした。そして最後に2つのポイントを話す。
1つは会社の仕事以外に何か研究也、勉強のテーマを持ちなさいということ。これはつまり、会社の仕事だけをしていればいいのではない。会社をよくするためには、日常業務ではえられない勉強が必要で会社が行き詰ったときにこそ、普段の仕事からは得られない個々人の勉強から生まれた発想が必要になる。
2つめは、取引相手に用件がある場合、電話で済まさず、必ず手紙を書きなさいということ。手紙を書くとなると、相手のことを思わないとかけない。それが仕事の上ではとても重要なことだ。

経営者というものは、今日や明日の仕事だけをしているのでは充分とはいえない。それは現場の社員のするべきことで、経営者たるもの、5年10年、あるいは20年先を見通し、それに見合った方針をさし示し、施策を講じなければいけない。長い目でものごとと全体をみる能力、言い換えれば大局観を養うには「人間とは何か」という原典にまで立ちかえらねばならない。それには「自分だけの時間」を持つことが何よりも大事だと私は考えている。

平岩外四さんは、ニューギニア戦線の100人のうち7人しか生き残らないような過酷な洗浄を体験された。その強烈な経験でうまれた人間の根源的なものに対する探究心が、書物の世界に向かわせているのかもしれない。
「仕事のために必要な勉強というのは当然ありますけれども、それは限られたものだと思います。けれども、人間として、あるいは一人の実業人として必要なものはそんなものではない」
特に外国のビジネスマンと対する場合、彼らはこちらの思想や教養をみて、相手が信頼に足る人物かどうか見極めるそうだ。そのためには、読書を通して人格を陶冶するしかないと平岩さん。

現在のビジネスマンは、インターネットの普及やグローバル化で、昔とは比べ物にならないほど情報過多になっている。情報をどう処理するかということにばかり気をとられ、本当に人間性を深める時間を持てない人が多いのではないか。
むしろ、大事なのはたまには仕事の情報を一切遮断して、情報とは全く関係のない世界に遊ぶことではないだろうか。

人生のもち時間に大差はない、問題はいかに深く生きるか。
深く生きた記憶をどれほど持ったかで、その人の人生は豊かなものにも、貧しいものにもなる。深く生きるためにはただ受け身なだけではなく、あえて挑むとか、打って出ることも肝要。

大分県の平松守彦知事は、高校時代、自治会活動に力を入れすぎたため、東大受験に失敗し、はじめて人生の挫折を味わった。
そこへ、ふだん口をきいたこともない叔父から手紙がきた。そこには他校へ進むにせよ、やり直すにせよ、問題ではない。人生でいちばん大切なのは、自信を失わぬことだと。

東京電力会長の平岩外四さんは、社長になってすぐ、さまざまな試練に見舞われた。オイルショックがあり、政治献金の問題があり、石油が下がれば為替差益を戻せ、というように、次々と波が押し寄せる。そんなとき、問うよう思想の第一人者である安岡正篤先生が曾国藩の「4つの耐える言葉」を贈ってくれた。
「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激せず、繰がず、競わず、随わず、似て大事をなすべし」
(れいにたえ、くにたえ、はんにたえ、かんにたえ、げきせず、さわがず、きそわず、したがわず)

世界中で沢山の人に読まれている「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」の中の迷ったときの言葉。
なにを「やるべきかやらざるべきか迷ったときにはやることに賭けなさい」
やれば失敗するかもしれない。しかし、失敗すれば、人は底から必ず教訓を得る。やらない人は、失敗はしなくても、後で悔いだけが残る。それなら、やって失敗したほうがその経験を学ぶ分、一歩先へ進める。
「熟読した小鳥だけが歌うとしたら、森は静まり返るだろう」
みんな始めは誰でも未経験者。経験だけは自分で積むしかない。「成功」からはそれを繰り返せるように、「失敗」からは同じ失敗を二度としないようにそれぞれ学べ。
「他人の過ちから学べ。自分で全ての過ちを経験する時間はない」

熊谷守一さんの言葉。「三風五雨」人生を10としたら、3日は風が吹いて、5日は雨。晴れの日はせいぜい2日ぐらいだ。
人生なんてのは、カゼが吹き荒れて当たり前。雨が降って当然。僧思っていれば、新しい世界へ入ってもびくともしない。晴れた日はたった2日しかないと思えば、辛いと嘆くこともない。当たり前のこと、平気。
柔道では、勝負は「1本とること」で決まる。「技あり2つ」でも「1本」。大技で1本とろうと無理をするよりは、技ありプラス技ありで、合わせ一本。そういう気持ちでやっていけば勝つことができる。力まずに。
そりゃ誰だって背負い投げで一本で決めたい。ただ、人生はそんなカッコよく決まるものではない。
いいことばかりはない。それが人生。それをいかに辛抱強くがまんして、根気よく生きていけるか。自分の人生で堂堂と試すしかない。

「運は川を流れてくる」
命がけで飛び込んでつかめ。そして続く、「運は冷たい水で冷えている。つかんだら、大事に大事に暖めろ」
チャンスはつかむだけではダメ。むしろ、その後こそ重要なのだ。
転機とはまさに、自らつかむ運である。

漫然と生きていたのではその人に転機はない。自分が何をしたいかわかっていれば、何歳になっても転機はあるだろう。人生に何を求めるのか。我慢強い問いかけの先に転機は訪れる。そのときは飛び込み、つかみ、育てなさい。

吉村昭さんの取材旅行は、編集者を同行させず、一人で、自腹でいったらしい。いつもに履く三日で東京に帰ったらしい。「人に話を聞いても、調べものをしても、集中力がもつのは二時間くらい。二日もいるとあくびが出ちゃう」とのこと。

吉村昭さんは、新幹線に乗るときなど、いつも空を見て、子供のころを思い出しては「僕は幸せだなあ」と思うそうである。朝起きるときも「僕は幸せだなあ」と思って起きるようにしている、といったこともある。

人は、隣の家のことを知りたがる。人情の自然である。
「人間」は、その言葉通り、人と人との間に生きる。その距離がゼロに近ければ、余計知りたくなるのも、人情であるかもしれない。
もっとも、必要以上に関心を持つのは、考えものである。

「僕は、”生死・宗教・病気・恋愛”以外のテーマでも、文学たりうると思ってやってきた」

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