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zoom RSS セックスという「闇」 加藤鷹 ベスト新書

<<   作成日時 : 2010/06/27 09:59   >>

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AV業界に入ってくる女性たちは、心に病を抱えている人が少なくない。本人には自覚がなくても、なぜAVに出演したの?ときくと「なんとなく」とこたえるコが増えた。
お金が目的というのなら、むしろ正常といえるかもしれない。が、口ではお金というコでも、蔵を建てたAV女優なんてオレは知らない。お金はどこかへ消えてしまうんだ。
突き詰めてきくと「生きている実感が抱けない」と白状する。リストカットや精神科の薬を手放せない女性もいる。

オレならオモチャなんか使わないで、自分がもっているものだけで頑張ろうとするけどね。
むろん、エンターテイメントとしてわかって楽しんでいる人ならいい。けれどフィクションと現実の境がわからなくなる人々が、確実に増えているように思える。
脳の発達は様々なものを吸収し学習する。だが、その過程で人として不要なものまで意図しなくても吸収していることが多い。頭の中に情報を詰め込みすぎて物事の本質が見えなくなってしまう。セックスが心をもった男と女の営みであることも見失ってしまうほどに。

レイプ犯罪は男の本能によって起こるものではない。人の倫理の問題だ。
本能はもって生まれた大切なもの。倫理は生まれてから教えられ、育まれる必要があるもの。性の倫理を教えるときに、性の男女平等の考えはむしろ弊害になる気がする。

2、3年前、リストカットを繰り返してきた女優と競演した。精神科に通い、抗精神薬に頼り切っていた。
ここ10年でこうした女優さんが飛躍的に増加した。そういう精神状態でAV業界に入ってくる女性が圧倒的に多くなっている。
AV業界は、そういう人が入ってきやすい世界だ。なぜなら、彼女たちは「AVに出演してみない?」と誘われたて「ノー」とはっきりいえない人たちなのだ。
普通の感性なら「イヤですよ」「やりたくない」といえると思う。それがいえないから誘われるままになんとなく入ってくる。
セックスその者に悩みを抱えているわけではない。セックスとはまったく関係のないところで心が病んでいるが、本人にはそれが何だかわからない。

AV女優を好きでやっている女性は、100人に5人もいるだろうか。
好きでやれるというのは、前向きに生きているということ。おれは、そういう女優さんのほうが健全だと思う。
一方の辞めたいAV女優さんたちは、セックスの仕事だから辞めたいのではなく、生きている喜びを感じられないから苦しんでいる。
生きていて楽しいことがあるならAV業界には入ってこないだろうし、他に目的があってお金がほしいなら、AVの仕事で一生懸命に稼げばいいのに、彼女たちはそう思わない。
そういう人たちが多いのは、うちの業界だけじゃないだろうけどね。

20歳そこそこでセックス経験は50人を超えているという女のコ。
セックスに嫌悪感があれば、とてもこなしきれる数ではないし、それどころか「セックスは好き」と公言している。レイプの経験があるわけでもない。
こんな女性のどこに、イケない原因があるのだろうか?
じつは、このような女性にこそ、相手をアテにしているケースが一番多い。自分に落ち度があるとはとうてい考えないから、勢い相手の男性のテクニック不足なのだと思うのだろう。
そして、心のバルブはまったく無意識のうちに、そっと自分で閉めてしまっていることが多い。

女性が出演料だけじゃなく「笑顔」という、もう1つのお土産を持ち帰ってくれたとき、「この仕事も悪くないなぁ」と思える。
そんな瞬間がなければ、こんなに長くAV男優なんてやっていられない。

セックスの快感は、らせん階段を昇っていくようなもの。
らせん階段をぐるぐる回って昇っていって、そのてっぺんに立つと、たくさんの階段を昇ってきたけど、園位置は自分が登り始めた場所と何も変わっていない。変わったのは高さだよね。
セックスの快感というのは、自分がいる場所が変わることじゃなくて、上下のレベルが変わること。
らせん階段は中心軸がある。その中心軸が人の精神、メンタリティなんだ。
セックスはキスしたり愛撫したりつながったりして、らせん階段を昇りながら、メンタリティが上昇していくこと。そしてらせん階段を昇りきったとき、その人のメンタリティの位置は変わらずに、高さが変わっている。
自分を見失うというのは、メンタリティがあいまいになっていること。
ひとことでいうと、自分がないということ。それは中心軸がない、あるいはブレているということなんだ。
「いろいろと試してみたんですが、どうしてもイケないんです」
という女性たちは、自分の中心軸が見つからない。またブレたところで、快感を探している。
人を心から好きになれるが、仕事にいっしょうけんめいになれるか、セックスを心底から楽しめるか、そういうことのすべてにメンタリティという中心軸が関係している。

「なすがまま」というのは、外側から入ってくるものを受けいれること。
これは女でも男でも同じ。
自分の「あるがまま」の姿を知るのは、「なすがまま」になることを知っている人にしかできないことだとも思う。
恋愛しているとき、人は「あるがまま」の自分だと思っていても、それはウソの姿も含めての自分なんだ。「あるがまま」というのは自分のサジ加減が効くから、実際には等身大の自分じゃないことのほうが多い。大きすぎたり、小さすぎたり。
「なすがまま」というのは、最初に自分ありきではなく、相手があって初めて「なすがまま」になれる。
「あるがまま」は等身大を超えることはないけれど、「なすがまま」になれる人は等身大からスタートして、はるか等身大以上に飛躍することがある。
「あるがまま」で100のエネルギーをもっている人が「なすがまま」になると200のエネルギーが生じてしまうことがある。
セックスでは、それがオーガズムとよばれるもの。
相手に何かを与えることより、「なすがまま」に受けいれることのほうが大切なんだ。セックスも、そこからスタートすることが大切だと思う。

AV男優には自律神経失調症が多いともいわれる。
男優の多くはしたいと思って、しているわけではない。それなのに、射精したくないときにでも射精しなければいけない。
こういう不自然な行為を続けていれば、心身のメカニズムに異常をきたすのも当然だろう。それは癒しではなくなってしまう。
オレがそうならないのは、いつも自然体で臨んでいるからかもしれない。

相手を選ばずセックスできることと、いろんな人とセックスしてみたいというのは、意味がまるで違う。
いろんな人とセックスしてみたいというのは、ポジティブな発想だと思う。
自分にプラスになるために、いろんなことにトライしたい。それと同じようにセックスをポジティブにとらえられる人は、他人を大切に思える人なんだ。
オレはAV男優をやってギャラをもらうが、ギャラをもらうために女優さんと接している気はない。相手の女性のプラスになるようにしたいと心がけている。

オーガズムは「壊れていく感じ」だ。
それはネガティブな自己崩壊とはまったく正反対の、温かくて大きなものに包まれるところに行き着く。
人は、オーガズムに上るというイメージを抱き前進することのように思うかもしれないけれど、じつは過去に戻ることなんだと思う。

AVやアダルト雑誌は確かにおおっぴらに鑑賞するものではない。セックスだって公衆の面前でするものじゃない。だからといって、そのこととエロを作る仕事に後ろめたさを感じることとは別のものだ。
エロはエロでいいじゃないか。
セックスを大切に思い、パートナーを大切に思い、思いっきりエロくなって、いい関係を育んでいく。エロの中にそういう人間の美しさを見い出せる。

オレが出演したハウツウDVD「秘技伝授」は、海賊版が台湾、香港で40万部くらい流通していたという。

マスターベーションは非現実に向かう空想には長けても、いまを生きる逞しさや人との触れ合いから生じる人間性が育まれない。
性を、生きることと切り離してはいけない。

長引く大不況の最中、仕事を探してもみつからないという。けれど、本当にそうなんだろうか。
製造業の人が再就職先を探すときに、製造業の仕事を探すから仕事にありつけない。たとえ求人があっても、条件が合わないからと選り好みをする。
「何でもやります」という覚悟があるなら、必ず何か見つかるはず。

おせっかいというのは、人が触れ合う文化。
子どもは些細な日常の出来事から、知らず知らずのうちに倫理観や親切心といった物事を判断する力を身につけていく。
そういう世代を超えたコミュニケーションがなくなってきたのは、正しい行いをする人が損をするような世の中になったからだろう。そういう社会を、正常といえるだろうか。

日本人のエロティシズムは、いい意味で内向きなんだよね。そこにいくと海外のポルノはファック。
オレはファッカーじゃないからアメリカンポルノからオファーがあっても出ない。セックスに対してメイクラブ的な見方、性というものの本質、奥行きの深さを自分でも知りたいし、視聴者にもそれを感じて欲しいから。

経済成長している国は「格好つける美学」しか育たない。
働けば豊かになれて車を買える、家を建てられる、贅沢な暮らしができる。
見た目のよさ、豊かさ、便利さ、楽しさという形を追い求めることが価値基準になる。

セックスは格好つけない美学なんだ。
男と女が素っ裸で人間をむき出しにして求め合う。だから愛し合い、癒し合える。

セックスは「神秘」じゃない
人間のもっとも原始的な活動ってなんだろう。
食う、寝る、セックスする。
この3つは人類の登場以来、縁円と育まれてきた普遍的な行為だ。生きることの原点である。
セックスしているのは肉体だけでもなく、精神だけでもなく、人間という存在そのもの。その人間が生きるためにもって生まれた能力の全てを注ぎ込んでおこなう行為だ。性的興奮には五感が働いている。
目隠しセックスは、視覚を奪われることで他の聴覚、触覚、嗅覚、味覚が3倍も鋭敏になるといわれる。
一方、五感のうちの4つの感覚を封じてしまうと、人は逆に危機感を覚え、パニックに陥る。

オレはAV男優として、ガチンコで女優さんと対峙したいんだ。

この本を書いているとき、3日、寝ないことがあった。AVの大作に呼ばれ三日間の止まりで撮影は深夜にも及んだ。
オレは自分に対して、3日は寝なくて大丈夫、1週間は食わなくても死なないと思っている。
オレはそれらを経験しているから、自分にとっては当たり前のことなんだ。

今、不況のどん底にあって食えない若者が増えている。
そういう若者に対して、オレは厳しいことをいえるのは、名群れない、食えないという苦しみを経験しているから。彼らには「何でもやって生きてやる」という、開き直りの強さみたいなものをを感じることができないんだ。
(P.124 12行目初版本のための間違いかと思います)

世の中に失敗を経験しない人などいない。生きる気力をなくすほど大きな過ちを犯してしまうこともある。けれど、人生において性を大切にしている人は前向きな強さがあるように思う。
「セックスって、いいものだなぁ」という経験を通じて、人と命を大切に思う考えが生まれる。そうなれば、おそらく自殺するなんてこともないだろう。
セックスを粗末にすることは、相手ばかりではなく、自分をも粗末に扱っていることになりはしないだろうか。
セックスを大切にする人は、死ごとも恋愛も結婚も家庭も大切に考えると思う。たとえ失敗しても、その経験から学んで立ち直ることができる。それを性の現場で目の当たりにしてきた。
人が生きる活力とセックスの根っこは同じなんだから。

そういう女性と触れ合うとき、心がけているのは、まず事前にそういう女性だという意識を持たないで、接すること。
こういう女だから感じさせるなんて無理だろう、などと思わないことだ。
それは自分自身の中に壁を作ってしまうことになる。「こういう人」という思い込みがコミニュケーションの最大の敵なのだ。
気分に浮き沈みがある人と出会うと「この人は、こういう人なのかな」で済ませ、それ以上深く触れないようにする人は多いが、それは人と触れ合う姿勢ではない。

http://take-it-ez.at.webry.info/201006/article_38.html
セックスという「闇」 (ベスト新書 277)
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