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zoom RSS Pen (ペン) 2010年 6/15号 [雑誌]

<<   作成日時 : 2010/06/07 03:04   >>

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モード界の巨匠カール・ラガーフェルドは2002年に42キロの減量に成功しダイエット本を発表。以来、モード以外の分野でも多くのコラボワークを手がけてきた。自らのスタイルを揶揄した黒メガネ&黒スーツのテディベアのデザイン。黒いスリムなパンツに白いハイカラーシャツをまとうラガーフェルドのスタイルは、いまやモード&ダイエット界のアイコンといってもいい。
この5月ラガーフェルドは「コカ・コーラ ライト」のキャンペーンに乗り出した。
http://www.coca-cola.fr

「アートはあなたのもの」というキャッチフレーズを掲げる店「アルテウム」
http://www.arteum.com

今ミラノで最も旬な「マーク BY マークジェイコブス」Marc by Marc Jacobs
http://www.marcjacobs.com/

ベルリンに拠点をおくクリエイターの後衛りゃ自宅を訪ね、インテリアから人物像を掘り下げていくというオンラインインタビューマガジン「友だちの友だち」
http://www.freundevonfreunden.com

17回目を迎えるクラブミュージックとマルチメディアアートフェスの先駆け的存在「ソナール」が、6/17-6/19までの3日間、開催される
http://2010.sonar.es/es/

http://xbrand.yahoo.co.jp/category/product/1766/1.html
Enzo Mari エンツォ・マーリ1932年イタリア・ノヴァーラ生まれ
自著絵本「LEZIONI DI DISEGNO」
「デザイナー?自分の職業が何なのか、私にはよくわからない。若い頃、偶然にもアーティストとして活動を始めた。それkらずっと、芸術とは何か、デザンとは何か、デザイナーの仕事とは何かを問い続けてきた」
「学校でデザインについて学んだことなど何もない。あるまり私は、学校ではなく、偉大なマエストロたちの下で学んだ。美術館や博物館へいけば、二本でも無数の傑作や美しいものを観ることができるだろう。200年前、500年前、3万年前につくられたものは、ことごとく素晴らしい。そのフォルムに陳腐さはなく、美しい本質だけがある。しかしテクノロジー、イデオロギー、伝統などが混じると、本質がけがされてしまう。ある時代の特定の人々のためのものになるからだ。いまの世の中にあるものは、どれも陳腐でバカげている」
「何かを作るときは、世界中を埋め尽くす何十億もの汚れたアイデアから開放されなければいけない。私は常にそうしてきた。知性アル者の仕事とは、果てしない否定だよ。哲学書と同じだ。哲学書の結論は、ほんの半ページで書き記すことができる。あとの数百ページは、あらゆる状態を想定した、既成概念の否定に費やされる」
「老人の手、若者の手、子どもの手、ピアニストの手、職人の手。手は人によって異なるが、それぞれが完璧なフォルムだ。こんな複雑なものがあるだろうか。骨がり、筋肉があり、血が流れている。もし神が京のデザイナーだったら、どうなると思う?毎回、それまでとは違う"新しい"手をつくろうと試みるだろう。すると完璧なフォルムは怪我され、堕落していく。まさに悪しきフォルマリズムだ」
「フォルマリズムから生まれるフォルムは偽りだ」
「愚かなのは若手デザイナーだけではない。学者や評論かも同じだよ。フォルムについて語るフリをして、フォルマリズムを語っている。イタリアの名物に、チーズと生ハムがある。しかし、ダレが斬新なチーズや斬新な生ハムを必要としているだろうか。それらは何百年もかけて少しずつ改良されてきた。本当のクオリティとは、そういうものだ」
「私はコンピュータが悪いとはいっていない。何かをコピーするには便利な機械だろう。しかし、それで新しいものを創りだそうなんて間違いだ。コンピューターをマスターしないと何もできない、と教える学校など最悪。人間は、ますますサイボーグのようになってしまった。」
「若いデザイナーの多くは、生まれながらににして死んでいる。彼らは結局インダストリアル・デザイナーなのだ。インダストリアル・デザイナーは、あるルールに則って、商品をつくらなければならない。それは前の商品を殺すこと。そして次の"新しい"商品をつくりだす。彼らはでざいなーではなく、商品の生産者にすぎない。"新しい商品""楽しい商品"。いいだろう、私は何もいうつもりはない。人は新しいモノを求め、飽きたら捨てて、また新しいモノを買う」
「1974年に発表した"アウトプロジェッタツィオーネ"は大変な論争になった。"もっと快適な椅子をデザインするべきだ""こんなのはファシズムだ"ともいわれた。しかし新聞や雑誌で紹介され"ニューヨーク・タイムズ"にも載り、充分な反響があった。発表以来、2〜3万脚は作られたと思う。作り方を教えて欲しいという外国語の手紙もたくさん送られてきた。彼らの多くは田舎に住んでいて、こんな素朴な家具を求めていたんだ」
「(あるイギリス人作家による小説の一説を引用しながら、自身のユートピア像を披露する)
そこはイギリスの田舎で、いたるところに大きな木があり、カゼが穏やかに吹いている。小さな意志の家に住む家族は、買っているヤギの乳でチーズを作ってクラス。父親から息子への贈り物は、手作りのベルトの留め金だ。誰も他人を利用せず、自分の人生に必要なことをして、それを楽しんでいる。誰もが慎み深く、論理的で、美しい」

深澤直人
http://www.plusminuszero.jp/
http://www.japandesign.ne.jp/HTM/DCG/CURATOR/fukasawa/
「デザインの定義のいちばん根っこにあるのは、生活の道具を作るということ。私自身さまざまな仕事をやっているが、最終的に帰属するのはモノを創るという基本的なデザインワークであることには変わりない。しかし、モノをデザインして生活を豊かにするという基本的な使命を見失ってしまうと、デザイナーとしての定義がなくなってしまう。何にでもデザインという言葉がつかわれるようになって、本当の意味もよくわからなくなってくる。デザイン=色や形というと短絡的にいわれるかもしれないが、基本的に色、形。その色や形にはさまざまな要素が含まれている。それが集約され、結実した姿がデザインなんです」
「いまや、編集や放送の専門家でなくても、携帯電話で写真を撮って、メールで配信することができる。誰もが自分自身の"メディア"をもっているように、デザインの分野でも、モノを作りたいと思う人が簡単に絵を描き、道具の力を借りてデザインができるようになった。そうなるとプロとアマとの差があまりわからなくなってきて、アイデアさえあればデザイナーになったと思い込んでしまう人も増えてきた。一方で多くのプロのデザイナーも、デザインの定義が広がったために、どこに自分の専門性を活かせばよいのかがわからなくなっている。"創造脳"を活かせば、モノの視覚化や具体化はコンピューターで行える状況が揃っている時代からこそ、結果はややこしくなっている。昔は経験による職業の専門性がはっきりしていたが、いまは経験がなくてもモノをつくりたいと思う人が簡単に参入できるようになった。誰もが浅く広くいろんなことができるようになった分、自分本来の核の部分がなくなってしまっているようにも見えます」
(デザインの専門性というのは"アイデア"と"エクゼキューションexecution"の2つで成り立っている。"エクゼキューションexecution"は芸術作品の制作や演奏における出来栄えや成熟度を示すもの。つまり、アイデアという抽象概念を具体化させることができる技のこと)
「"発送"は脳のトレーニングによってできるようになるが、それを具体化する、リアライズするということは誰にでもできるわけではない。完成度を見極めるには、それなりの経験地が必要で、何度も繰り返し習練することで,1本の線、形を具現化できるようになる。デザインの専門性というのは、こんな感じのモノがいいだろうと思ったら、そおに具体的な線が描けなければならない。その線が数ミリずれてしまうだけで、アイデアの価値を理解していなかったことが露呈することすらある。思い描いた像を具体的な形に結実させるためには、力がいる。発送したこと"アイデア"と、具体化されること"エグゼキューション"が、両輪としてしっかり成立していないと、意味不明なものになってしまいます」
(創造と具体との間には誤差がある。その誤差をなくすために、迷ったら即、具体化すること)
「何がいいかを考え込むよりも、まずは実際にモノを作ってみる。そうすればよいか割るかが客観的にはっきりと判断できるし、そこで得た経験からさらに発案することができる。"アイデアの良し悪しは、作らずには判断できない。迷ったら答えを予測しようとせず、とにかく作れ"と私は自分に言い聞かせてきた。手を動かしての検証と頭の中の案とが合致するようにトレーニングを重ねる。その経験により、私は頭でもかなり具体に近い像を構築できるようになりました。創造ですが、尊敬する柳宗理さんなどは、像をあらかじめ頭に描かずに、作りながら形を見出していく方法をとったのではないかと思います。あらかじめアイデアの像を頭に詳細に描かず、手を動かし続けることで、予測を超えたものが生まれる可能性が出てくる。こうしたやり方でできたデザインは圧倒的な強さをもっています」
「すべてが小ぎれいで統制がとれているようにみえて、DGのような現実味のない世の中になってしまう」
「デザイナーとしてコンサルティングを行うというのは、企業の抱える見にくい問題をビジュアライズしながら指摘し、複雑な要因を整理、編集して、具体的な戦略にして提示すること。経営者は、リアルな要因とそれを打開する案を前にすることで、決定の是非が明解になる。この過程において、私は具体的なモノを作るのと同じ脳を使っています。まずは数字上の話ではなく、次の"兆し"を示す。兆しを共有し、それに基づいた具体的な提案をすることで、経営者の決断はより明確になる。ビジョンを資格化することもデザインの仕事。
デザイナーは、分析ではなく兆しをかぎわける嗅覚を持ち合わせていなければならない。そしてその兆しの裏づけを洩らすことなくビジュアライズできなければいけない。欧米のビジネススクールでは、デザインをビジネスに組みこむ教育が盛ん。それはまさに、論理的構築と感覚的な意思決定の両方を見につけたエキスパートをそだてるという教育です。」
「多くのデザインは、視覚を重視しすぎているために、情報の定義が偏ってしまっている。タトエバ"心地よい"とは身体が感じることであり、視覚化できない。視覚に頼りすぎることが他のセンサーを鈍らせている。フィジカルで感じるモノの力がデザインの大きな要素がしめているということを、軽んじているだけで、触覚化はしていない。本当はデザインのタスク、機能にはいろんな役割があって、目で魅了し、近寄らせて、触らせて、満足させなければいけないのです」
「意識していないところで、人はいちばん座り心地のよい椅子に座り、使い心地の良いスプーンでアイスクリームを食べる。こうした無意識は、通常語られるデザインの定義とは、ほど遠いものかもしれない。普通のモノは当たり前すぎてシゲキがないから目にも留まらない。でも、逆に視覚にばかり訴えてくるモノは、そのデザイン臭がうるさく思えることもある。無意識でよいと感じている関係に、デザインがよけいな意識を差し込むべきではない」
「多くの巨匠と呼ばれる人たちが残してきたのが、デザイン・クラシック。生活の中で磨かれ、実証され、現代にまで受け継がれてきたデザインがあり、それらには変えようのない本質が宿っている。一方、デザイン臭さは時間というフィルターによって取り除かれ、エッセンスだけが残る。そのエッセンスは誰もが暗黙のうちに共有している潜在的なもので、特別なものではない。"そうだ、そう思っていたんだ"とみんあが口をそろえるような共有感覚が生まれれば、それは大きくパラダイムをシフトするスイッチになる。いままで思い込んでいた常識の反対に、それらは存在します。デザインとは、本質を極めていく作業でもあるのです」
「不況は物質の本質に焦点をあて、無駄を省くチャンス」
「我々にとって、デザインとは、問題解決のための手段」

ヴィトラ vitra
マリアンヌ・ゲーブル Marianne Goebl
「景気のアップダウンは、歴史の中で繰り返すこと。時期は関係なく、わが社に明確な"顔"を与えるためにヴィトラハウスは必要でした」
「今は安いモノが歓迎されがち。でも、本当にお金の使い方を知っている人は、息の長いデザインや高い品質を支持している」
アレクサンダー・フォン・フェーゲザック Alexander von Vegasack ヴィトラ・デザイン・ミュージアム館長
「よいデザインとは、無駄のないフォルムをもち、誰にとっても使い勝手のよいもの。ヴィトラハウスは、この"『使える』デザインとは何か"という概念を、エンドユーザーにわかりやすく伝える使命をもって誕生した」
Vitra Haus
Charles-Eames-st.2 D-79576 Weil am Rhein,Germany
+49(07621)702・3500
10:00-18:00(月〜水、金〜日)
10:00-20:00(木)
無休

籍和亮
1976年長野県生まれ
「テーマを押し付けずに、ファンに物語を共有してもらいたい。だから、映像の解釈に幅を持たせている」
パフュームは既存のアイドルと同じ路線でビジュアル化してしまっては、差別化が図りにくい。あの頃のポップさを取り入れながら、彼女たちのせい開館を作れないか」
「楽曲がエレクトロ色を強め、クラブミュージックのようになっていた時期でした。わずかに色味を加えたこともありますが、基本は人形のように、まるで実在しない存在のようにしてもいいのではないかと考えたんです」
「音楽やサブ駆るが好きな層をも巻き込みながら、ファンが拡大していくざわめきを感じていた」
「作品ごとにテーマはありますが、それを押し付けずに、ファンと物語を共有していくことが肝要。だからビジュアルはシンプルかつ自由というkとを心がけています。解釈の幅があるkとで、ファンと共有できるものがある」
「彼ら2組に共通するのは、独自の世界観がきちんとあること。この世界観は計算してできるものでも、段取りして生まれるものでもない。それをビジュアライズすると、必ず本人たちらしさが出てくるものです。ぼくはその手伝いをしているにすぎません」
Pen (ペン) 2010年 6/15号 [雑誌]
阪急コミュニケーションズ

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