アートの理論と歴史を読む④ マーク・ロスコ Mark Rothko

現在、国立新美術館にてマーク・ロスコの「赤の上の黄褐色と黒」1957年が大回顧展モネ印象派の巨匠、その遺産内にて展示されています。
4/18に出た宿題4月25日にその宿題を利用する予定でしたが、
4月25日はジョン・ケージの映像資料を見るのに時間をとられてしまいました。
ということでそれは今日に持ち越されました。
I paint very large pictures.I realize that historically the function of painting large pictures is painting something very grandiose and pompous.The reason I paint them,however-I think it applies to other painters I know-is precisely because I want to be very intimate and human.To paint a small picture is to place yourself outside your experience, to look upon an esperience as a stereopticon view with a reducing glass.However you pain the larger pictures , you are in it.It isn't something you command.
私はとても大きな絵を描く。私が理解するには、歴史的に見て、大きな絵を描くことの意味は、何かとても壮大で尊大なものを描くということ。私が大きな絵を描く理由は、しかしながら「私はとても親しみやすく人間的な人間になりたい」というのは私が知ってるほかの画家にもあてはまることだと思っている・・・。小さな絵を描くというのは、あなた自身を経験の外へ置くことと、体験を縮小レンズでみた映像のようなものとして考える。しかしながら、あなたが大きな絵をかくと、それに包み込まれる(包含される)。それはあなたがコントロールできるものではない。

マーク・ロスコMark Rothko, 本名 Markus Rotkovich(英語化した形では Marcus Rothkowitz とも), 1903年9月25日 - 1970年2月25日)
1903年、ロシア(ラトビア)のドヴィンスクにユダヤ教徒を両親に生まれる。
1913年から一家はアメリカ合衆国オレゴン州ポートランドに移住した。
1933年、ポートランド美術館で初の個展を開催。この頃のロスコの作品はシュルレアリスムの影響の濃いものであった。
1970年2月25日に、スタジオで自分の生涯にピリオドをうってしまいました。
(ウィキペディア)参照

ここからは講義のものを
「人間像・人間のあり方」を追求しする。
都会の中の人間像を絵画で表現していたが、後に神話的な傾向が強くなる。
具体的に写実的に描けば描くほど、逆に伝わらなくなる
というからか!?1940年代から抽象性が増す。
ここでは抽象よりも「捨象(しゃしょう)」([名]スル事物または表象からある要素・側面・性質を抽象するとき、他の要素・側面・性質を度外視すること。→抽象 )という言葉を使っていました。
画像

上の画像は「アンタイトル」無題、この手の複合的な画面の作品「マルチフォーム」
を描くようになったのは、1949年以降
年齢を重ねると共に、描く絵画につかう色が暗くなり、またキャンバスも大きくなっていく。

「1959 ニューヨークのシーグラム・ビルのレストランの壁画制作を行うが、絵画展示空間にこだわり契約を破棄する」
いろいろな企画など、事前に知っていただろうに・・・こういう型破りなってカッコイイと思う。
でも、自分とは縁がない、人ごとだからそう思えるのであって、身近にいたら困りますが・・・。
このときのそのレストランのために描いた作品はイギリス・ロンドンのテート・ギャラリー(テート・モダン)に展示されているそうです。

「1964 ヒューストンの富豪ド・メニル夫妻から教会のための壁画注文を受け、制作を開始。後に、ロスコ・チャペルとなるが、その完成をみることはなかった」
これについては、ロスコはユダヤ人だから、キリスト教とは関係ないはず・・・ということで、
そこから講義で推察されたことは、これは「万人のため」につくられた。
環境や伝統が異なっても「絶対的に共有できるもの」を、巨大な画面を用いて空間をつくりたかったのではないかということでした。
伝統とは人間がつくりあげるもの。

日本の千葉県佐倉市の川村記念美術館に、四面の壁にロスコの連作だけを掛け並べた「ロスコ・ルーム」がある。これらはもともとニューヨークのシーグラムビルの社員食堂の壁面全面を飾るために作られた連作だったが事情で実現せず、ばらばらになって各地の美術館に収蔵された。

担当教諭はいいことを言っていました。
「とにかく翻訳をするときに分からなくても、通読をする。分からなければ、何度も読み通す。」
この意味は、投げ出さずに、あきらめるなという精神性も込められているかと思いますが、
「日本語の新聞を読んでいて、分からない単語がいくつかあっても、その記事を読み進んでいくことによって、なんとなく意味が理解できる。いくつかの単語が分からなくても、記事の意味は理解できるよね。それと一緒!」
はい、がんばります。



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